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Photo Journal

LISBOA
Photo journal : Lisboa : ProGallery Widget

​リスボン

リスボンは落ち着いた、風情のある街である。ヨーロッパにはそんな言葉で表せる街が数えきれないほどあるが、リスボンはとりわけこじんまりとした都市で、一国の首都とは思えないほどゆったりとした時間が流れている。
何しろ石畳の急な坂だらけで、曲がりくねった路地を壁すれすれで黄色いトラムがガタゴト通り抜けていくのだ。東京のように早足で目的地に向かうことなんてできない。リスボンの街の人はゆっくりと坂道を上り、下る。馴染みのバーに向かうように、行き先への自信に満ちている。リスボンで無駄に彷徨い歩こうものなら、倍疲れてしまうだろう。
「Lisboa is like a life!(リスボンは人生みたいだろ)」
夜、ホステルへ帰る途中、急な坂を上るわたしに、いきなり声がかかった。
同じく坂を上っていた地元の人が、笑みを浮かべている。何を言い出したのだろうとわたしは戸惑う。
「It’s up and down(山あり谷ありだ)」
彼が開き直ったように言ったので、わたしは思わず笑いをこぼした。
「yeah, true(ほんとだね)」
息を切らして坂を上っているのに、地元愛が伝わってくる。観光客に気軽に冗談をかけてくるローカルも、現代のヨーロッパ都市には珍しいように思える。顔も覚えていないが、彼の名言は今でも記憶に残っている。
とはいえ、やはりリスボンも観光都市だ。都市の高低差を利用したエレベーターつきの観光客向けレストランなども多い。
エレベーターと言えば、リスボンの犬はやたらにフレンドリーだ。ある犬は、どこからともなく走り出てきて、街歩きしているわたしの後ろを尻尾を振ってついてきた。わたしはしばらくその犬と戯れていたが、まもなく日の落ちる時間になったため、眺めのいい展望テラスに上がるためにエレベーター乗り場へ向かった。ついてきた犬はそこで足を止め、見送るようにこちらをじっと見つめた。わたしはエレベーターに乗り込んで、一気に三段くらいアップする。降りると、そこは花の香りの小さな広場になっていて、ポルトガルらしい青と白のタイルで飾られている。
眺めはもちろん良かったけど、もしショートカットのエレベーターに乗らないで、あの犬についていったらどこへ行っただろう、と夕日を眺めながら思った。
シンプルな服装に肩掛けカバンの男2人が、コーヒー片手にやってくる。テラスの縁によっかかりながら、何やら他愛のない会話を始める。仕事終わりなのかもしれない。2人とも「今、ここ」を楽しんでいるように見える。
その横で、観光客が夕日を逃さまいと大忙しで写真を撮っていた。次はこのポーズあのポーズと、Facebookのプロフィール写真にするつもりなのか、まるでロケ撮影のようだ。まったく、これではどちらが休暇中なのかわからない。
1日の終わりに、足を止めて街を眺めるひととき。リスボンのローカルライフにはそんな時間が流れているのかもしれない。
街から聞こえる音というのは、その街をよく物語っている。行き交う人々の話す言葉、口調、足音、電車や車、カラスや鳩、物売りの声、路上ライブ…耳を澄まして街歩きをするのは、都市を巡る旅の醍醐味だ。
観光地から離れた、リスボンの住宅地を歩いていたときだ。遠くから女の人が軽やかに歌う声と、心地よいギターの音が聞こえてきた。何やら趣味のいいストリートミュージシャンがいるなと思い、音に従って路をゆくと、わたしの想像していたような小銭入れを前にしたミュージシャンはいなかった。代わりに、色褪せたアパートの三階のテラスにカップルがいる。彼らは自宅の窓を開け放って、小さなテラスから乗り出すようにして街に歌を降り注いでいた。彼らはただ練習か、気まぐれで弾いていたのかもしれないが、わたしは思わず立ち止まって演奏に聴き入った。彼らも、路上のわたしを見下ろして微笑む。やや低めの彼女の歌声と、時々アクセントを効かせるギターを聴くうち、ポルトガルの伝統民謡、ファドを連想する。
リスボンにもファドの演奏つきディナーレストランがアルファマ地区に軒を連ねている。ファドはどこか郷愁漂う、哀しげで情緒的な音色が特徴的だ。
フランス語の優しさと、スペイン語の情熱をそれぞれつまんだような響きを持つポルトガル語から、得てして生まれた音楽である。ブラジルのボサノヴァもかくして、だ。

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